近年、気候変動の影響とみられる集中豪雨や巨大台風の増加により、日本各地で大規模水害が発生しています。2018年の平成30年7月豪雨、2019年の令和元年東日本台風は、河川氾濫や内水氾濫によって都市部にも甚大な被害をもたらしました。

しかし、日本の大都市圏の多くは、近年「壊滅的水害」を経験していません。そのため、地震対策に比べて、水害や火山灰被害への具体的な想定や対策が十分とはいえないのが現状です。

大規模水害等による被害を防止・軽減するためには、まず「どのような事態が起こりうるのか」を、直接被害だけでなく波及被害まで含めて想定することが必要です。本稿では、企業と社会が取り組むべき総合的な水害対策について、国内外の事例を交えながら詳述します。

1|大規模水害とは何か――想定を超えるリスク

■ 水害の種類

水害には主に以下の類型があります。

  1. 河川氾濫(外水氾濫)
  2. 内水氾濫(排水能力を超えた都市型浸水)
  3. 高潮
  4. 土砂災害
  5. ダム放流に伴う下流被害

大都市圏では、アスファルト舗装が広がり、雨水が地面に浸透しにくいため、短時間豪雨でも浸水が発生します。

■ 近年の被害事例

令和元年東日本台風では、千曲川や多摩川が氾濫し、広範囲に浸水被害が発生しました。新幹線車両基地が水没するなど、交通インフラへの影響も顕在化しました。

この事例が示すのは、「想定外」の範囲が拡大しているという現実です。

2|波及被害を含めたリスク想定の重要性

水害対策で最も重要なのは、「直接被害」だけでなく「間接被害(波及被害)」を想定することです。

■ 直接被害

  • 建物浸水
  • 設備故障
  • 在庫損失
  • 土砂流入

■ 波及被害

  • 停電
  • 断水
  • 通信障害
  • 交通網寸断
  • サプライチェーン停止
  • 従業員出勤困難

企業にとって、浸水そのものよりも、ライフライン停止による業務停止のほうが長期的ダメージになる場合があります。

たとえば、2011年の東日本大震災では、被災地域外の企業も部品供給停止により生産停止を余儀なくされました。同様のことは水害でも起こり得ます。

3|企業が直面する具体的ダメージ

■ 物理的被害

浸水深が50cmを超えると、多くの機械設備は使用不能になります。電気系統は特に脆弱です。

地下に電源設備やサーバールームを設置しているビルでは、浸水が致命的になります。

■ 情報資産の喪失

データセンターが被災すれば、企業活動は停止します。クラウド化が進んでいても、通信網が途絶すれば利用できません。

■ 人的資源の影響

従業員の自宅が被災すれば、出勤は困難になります。家族の避難支援が優先されるため、企業活動の継続は難しくなります。

4|大都市圏の盲点

大都市圏は近年、壊滅的水害を経験していないため、危機意識が相対的に低い傾向があります。

■ 地震対策との比較

日本では阪神・淡路大震災以降、耐震化が進みました。しかし、水害対策は建物ごとの差が大きく、十分とは言えません。

地下鉄や地下街が広がる都市では、浸水が連鎖的に広がるリスクがあります。

■ 火山灰リスク

火山灰も都市機能を停止させます。たとえば、富士山が大規模噴火した場合、首都圏に降灰が予測されています。

降灰は以下の影響をもたらします。

  • 視界不良による交通停止
  • 機械設備の故障
  • 電力供給障害
  • 呼吸器系健康被害

水害と火山灰は性質が異なりますが、「都市機能の広範停止」という点で共通します。

5|外国の被災事例に学ぶ

■ タイ洪水(2011年)

2011年のタイ洪水では、工業団地が広範囲に浸水し、世界的なサプライチェーンが混乱しました。自動車部品や電子部品の供給停止が日本企業にも影響を与えました。

教訓は、「一拠点集中のリスク」です。

■ ハリケーン・カトリーナ(2005年)

米国のハリケーン・カトリーナでは、堤防決壊によりニューオーリンズが壊滅的被害を受けました。行政機能の混乱が長期化し、復旧に多大な時間を要しました。

この事例は、「インフラ依存の脆弱性」を示しています。

6|企業の具体的対策

■ BCP(事業継続計画)の策定

浸水想定区域にある企業は、以下を検討する必要があります。

  • 重要設備の高層階移設
  • 防水板の設置
  • 電源設備の嵩上げ
  • データの遠隔バックアップ

■ サプライチェーン多様化

複数拠点調達、代替物流ルートの確保が重要です。

■ 従業員の安全確保

在宅勤務体制、安否確認システムの整備が必要です。

7|行政と企業の連携

水害対策は企業単独では限界があります。行政のハザードマップや浸水想定を活用し、地域単位での防災協定を結ぶことが効果的です。

国土交通省は流域治水の推進を掲げ、河川流域全体での対策を進めています。企業もその一員として役割を果たす必要があります。

8|想定力を高める

最も重要なのは「想定力」です。

  • 浸水深3mの場合どうなるか
  • 停電が1週間続いたらどうするか
  • 物流が止まったらどうするか

具体的に数字で考えることが必要です。

演習やシミュレーションを通じて、「起きてから考える」状態を避けることが求められます。


災害を経営課題として捉える

大規模水害は、単なる自然現象ではなく、経営リスクです。

浸水や火山灰への備えは、地震対策と同等に重要です。大都市圏が近年大規模被害を受けていないからこそ、想像力を働かせる必要があります。

外国の事例、国内の過去事例、最新の気候予測を踏まえ、「波及被害まで含めた想定」を行うことが、被害軽減の第一歩です。

災害は必ず起きます。しかし、被害の大きさは備えによって変わります。

企業も社会も、「想定外」をなくす努力を重ねることが、これからの時代の防災戦略なのです。